天邪鬼と糖分 ‪@Asahi_Hotaru ‬

糖分を欲している天邪鬼によるブログ

脱サラフリーターから契約社員になる道を選んだ

 

いちごに練乳をかけて食べている時、もはや練乳を食べるためにいちごを介していた自分に軽い恐怖を覚えました。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

焼肉を食べている時、気づいたら焼肉のタレでライスを食べるために肉を介していたなんてこともあるが、その時に焼かれている肉の気持ちを思うと胸が締め付けら…

 

 

 

れるなんてことはないね。普通に食ってる。結局うまけりゃ何だってオールオッケー。T.M.Revolutionだってダイスケ的にもオールオッケーって言ってるし。

 

 

さて、本題にもあるとおり契約社員になった。2年近く勤めたドラッグストアでのアルバイトを辞めた。この4月からは全く違う職場で働いている。

 

 

 

「こんなコロナ禍で果たして転職できるのか?」

 

 

 

大した自信もないまま細々と転職活動していた。アルバイトというぬるま湯から出るのは少々名残惜しかったが、ここら辺が転職のタイミングだと薄々感じていた。寧ろこのコロナ禍でも求人を出せる会社は大して煽りを受けていないのではと思い、年を越してからは積極的に活動をしていた。それがたまたま上手くいったわけだ。

決して何かを仕出かしたとか、いわゆるハラスメントに巻き込まれたとか、そういった類いの退職ではない。いわゆる前向きな退職である。

 

ただ、辞めるからには理由はちゃんとあって。

 

①自信満々で受けた資格試験に落ちたから

②時短営業の煽りを受け満足に稼げなくなったから

③ゴミ過ぎる店長にそろそろ嫌気が差してきたから

 

メインは①と②だ。

そもそも大した用事がない限り外に出ることもない私だが、昨年はほとんど外出していない。県を跨いだのも数回だ。そんな、待て余る時間を使って少しでも今の時給を上げようと登録販売者になるための資格試験を受けたのだが、敢えなく玉砕した。まぁ、受験料はバイト先が出してくれることもあり、今となっては半ば思い出受験のような感覚である。

このコロナ禍でバイト先も時短営業を余儀なくされた。挙げ句の果て予算削減を上から命じられたこともあり、私自身の稼働時間は激減。今のところ競馬しかやることがない私にとっては死活問題である。私は生きるための金よりも、賭けるための金がないと生きてはいけないのだ。

 

③は辞めた理由の数パーセントぐらい。面倒な精算作業や棚卸しなど、完全にコイツの駒になったと思った瞬間、私は退職へのギアを数段上げた。最終的にはLINEをブロックし店長との連絡を遮断した。

 

 

新しい職場は今まで全く経験したことのない学習塾だ。生まれてこの方、塾に通った経験の無い私にとって、ある種刺激的な職場になっている。

といっても、私が生徒に何かを教えることはない。ほとんど、雑務全般。先生の給与管理から生徒のスケジュール調整など、ほとんど事務作業である。

 

ある時、生徒の親御さんへの電話をお願いされた。ごくごく普通に電話をかけたのだが、営業部にいた経験からなのか電話上での愛想の良さが塾長に褒められることがあった。まさか、あんなクソブラックで黒歴史だった新卒時代の経験がここに活かされるとは、夢にも思わなかった。人生とは面白いもので、過去の経験はその先にある思いも寄らぬところで繋がっているのかもしれない。

 

どうやら世間では新卒に電話対応させることがハラスメント化されつつあるみたいだ。TELハラなんて言うらしい。ただ、逆に言うと「こんなことが出来ずに、一体他に何が出来るんだ?」と聞かれてもおかしくないと感じる節もある。もはや電話番という言葉は死語になりつつあるが、どこも新卒なんて電話番ぐらいしか基本的にやることがないだろう。ただ、よくよく考えてみたら今の子は電話を取ることが少なくなっている実状もある。そりゃあ、メールやLINEで連絡を取り合う時代に生まれていれば、わざわざ電話をする必要もないだろう。コミニュケーションツールとして電話を使ったやり取りが苦手なのも納得できる。いやはや面倒な時代になったものだ。

 

奇跡的に講習のある繁忙期を除けば、毎週固定で連休が取れるというラッキーにも見舞われた。このご時世、学習塾と言えども働き方改革でしっかり休みが取れる労働環境にはホワイト感を覚えた。

逆にアルバイトで講師として雇われている大学生は可哀想なほど。大学生の時、学習塾でアルバイトをしていた子がスーツを着て授業を受けていたが、大学生がするアルバイトとしては全くオススメ出来ないと言っていた。ほんとそのとおりだ。よくもこんな低賃金で働けるものだと関心すらしてしまった。授業以外にも事前の準備に始まり、終わった後はフィードバックまでやってこの給料は呆れるほどクソブラックである。所詮教育業界なんてどこもサービス残業の温床なわけで、若い学校の先生たちが辞めたくなるのも納得だ。

 

稼働する日数そのものはアルバイト時代とさほど変わらないが、実働時間は短くそれでいて時給は上がった。稼げる額が増えて何よりである。もちろん、全額JRAに突っ込むわけだが。

 

というわけで、脱サラフリーターから契約社員になる道を選んだ。いつまでやるかは決めていないが、とりあえず契約期間まではやってみようと思う。また厄介で面倒なことになったらさっさと辞めるだけだ。

 

 

 

p.s 結局、7連休じゃ物足りないのよ。365連休ちょうだいよ。

 

 

 

気づいたら2020年が終わろうとしていた

 

去年に引き続き有馬記念でボロ負けして自分の学習能力の無さにかなC通り越してかなDです。いや、かなEです。

 

 

アサヒです。

 

 

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3諭吉負けました。3諭吉ですよ、3諭吉。6一葉です。30英世です。JRAよ、頼むから返してくれ。俺の大事な3諭吉。俺のなけなしの3諭吉なんだ。

 

いつだって失ってから気づくんだよな。あるべきものの大切さを。25にもなってホントに情けない。「ザ・ノンフィクション」を見ながら「コイツら、揃いも揃ってホントに終わってんな笑」と言っていた自分。悪いが終わってんのは、お前の方だぞ。笑ってる暇あったらもっとシフトに入れ、お前は。

 

いつだって年末は情緒不安定だが、今回も張り切って2020年を振り返ってみよう。というより、振り返るも何もこの話題しかない。

 

この1年、世間では流行り病に関する悲しい話題で持ちきりだった。連日連夜感染者の数が発表されては、大して根拠の無い打開策を熱く議論する画が永遠と流れるテレビ。しかし、事態は一向に改善することは無い。唯一変わったことがあるとすれば、演者の化粧の厚さと華やかになっていくお召し物ぐらいだろうか。

この病に罹り亡くなる者、経済が止まり行き場失う者、人との繋がりを絶たれて自ら命を絶つ者。おそらく、この病気の本当に恐ろしいところは、患った人間だけでなく、その周りを取り囲む環境すらも殺しにかかるという点だろう。人との関わりを減らすため、半ば仕方なく経済活動を止めざるを得なくなり結果的にこの病に殺される。面と向かって喋ることも少なくなり、不安や悩みを打ち明けることが出来ずその苦しみから逃れようと結果的にこの病に殺される。この病気によって葬られる数よりも人との繋がりを遮断され誘発される死の方が多いのかもしれない。

日本でも1人の偉大な笑い神を亡くした。私自身、未だ鮮烈な記憶として残っている。寝ぼけ眼でスマホをいじっていたところで流れてきたニュース速報。一瞬、誤報ではないかと疑ったほど。しかし、亡くなったことは紛れもない事実だった。もうあの人のお笑いを、エンターテイメントを見られないと思うと計り知れない悲しさが襲う。親父の部屋にはバカ殿様を録画した莫大な量のVHSがある。思えば子供の頃、出演番組を片っ端からVHSに録画するほど親父は熱狂的なファンだった。親父は未だに暇さえあればスマホ片手にYouTubeでコントを見ている。死んでしまった悲しみを少しでも笑って拭おうとしているよう。閉鎖して息が詰まるこんな時だからこそ笑いの力を借りたいというのに。いつだって神様は残酷だ。

いつの世も残された者に出来ることは亡くなった人間を想うこと。今年の年末年始はコントを肴にして一杯したいところだ。

 

 

 

個人的に2020年は面白いことがポツポツと起こった1年であった。その中でも2つ触れておきたい。

 

 

 

1つ目は、書いた物語が大賞に選ばれたこと。

モノコン2020|monogatary.com

 

今年開催された【モノコン2020– 物語の、 次を創ろう】にて、「マウンティングポーズ」が【目指せコミカライズ賞】で大賞を受賞した。改めて、読んでくださった方並びに感想をくださった方、ここに感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

 

マウンティングポーズ | 物語詳細 - monogatary.com

 

長らく会っていない友人や大学のサークル仲間から感想をいただく度、嬉しさと恥ずかしさの波状攻撃食らうような気分になる。念の為に言っておくが、これは私の想像と少々の偏見のみで作られた完全無欠のフィクションである。かつて私が女性同士の会話から垣間見た時に生まれていたマウンティングの節々と私の中にある若干の浅はかなイマジネーションだけで作り上げたものだ。そのせいなのか、書き終えた後は達成感よりも作品の中身に対する不安の方が大きかった。当の本人が言うのも変な話だが、未だにこの作品が大賞でいいのかと心配しているほどである。

 

 

※誰得か分からない「マウンティングポーズ」制作メモ

 

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お恥ずかしい話、大賞受賞の連絡があったにも関わらず、最後の最後まで迷惑メールだと勘違いしていた。ご担当者様、連絡が遅くなり本当に申し訳ない。

 

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引き続き作品のコミカライズ化を楽しみにしたい。

 

 

 

2つ目は、ちょいと面白いことを始めたということ。

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

ひょんなことから大学の友達とYouTubeを始めることになった。退屈な日常の中に少しでも刺激を入れようと始めた、ある種実験のようなものである。

 

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

ここでは作家兼手伝いをしている。

かつて、私が書き上げた「10 Minute WAR」も映像化しているので是非とも見てくれたら幸いである。

 

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

サブリミナル的にチャンネルを差し込むスタンス。

 

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

是非に。

 

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

是非、是非に。

 

Team.オベリスク斉藤 - YouTube

 

ひとつよしなに。

 

 

 

 

 

それでは、皆様良いお年を。

 

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保険を解約した3ヶ月後に諭吉が7人死んだ

 

90年代音楽のテレビCMの中ではthe brilliant greenの「There will be love there -愛のある場所-」がダントツで1番です。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

https://youtu.be/fzCbzGDdgDQ

 

 

 

なぜか幼い記憶の中で微かに残っているこのテレビCM。楽曲もさることながら、それを売るためのテレビCMとしてのキャッチーさと来たら。楽曲の持つイメージを損なわせず、なおかつ楽曲の持つメッセージ性を押し出す設定としての郵便配達には絶妙さを感じる。なんと言っても、郵便配達員役のダンカンがいい味を出している。

振り返ってみると、当時としては物珍しいタイプだったようにも思える。当時の音楽CDのテレビCMと言えば、その楽曲のプロモーションビデオにおけるサビ部分を切り取りそのまま引用したものが主流。そんな中で、楽曲とは直接的には関係の無い内容を表現し、視聴者を食いつかせる存在としてのテレビCMはある意味で大胆さがあったと思われる。おそらく、プロモーションビデオのサビ部分を切り抜いたとしても、楽曲の中身とは異なる内容でない限り大した印象にも残らないだろう。

つまり、プロモーションビデオを使い視覚的にも聴覚的にもある程度は想像ができるものより、ある程度視覚的に興味を引くものの方が楽曲のテレビCMとして価値があるのでは無いかと個人的には考えている。今なおこうしたテレビCMは多く存在するが、総じて前者は記憶には残らず、寧ろ画面に鮮烈な興味を持たせる後者のタイプの方が楽曲へ関心を持たせるような気がしてならない。

結局のところ何が言いたいかといえば、郵便配達員役のダンカンがこのCMでいい味を出しているということだ。

 

 

さて、本題に移ろう。

タイトルにもあるとおり保険を解約した3ヶ月後に諭吉が7人死んだという話。

保険と言っても生命保険でも自動車保険でもない。諭吉が死んだと言っても名前が諭吉だった知り合いが死んだということでもない。

お察しの通りこれはスマホの保険であり諭吉とは1万円札のことである。

 

 

 

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※写真はイメージです

 

 

 

月額1000円ちょっとで入れるこの保険。

この保険に加入していれば、液晶の破損やバッテリーの故障があった時に請求金額の8割を負担してくれるというそれはそれは神がかり的な内容。しかし、何を血迷ったのか私は3ヶ月前に突如としてこの保険を解約してしまったのである。

 

解約した理由は簡単で、

「高校生の頃からスマホを使い続けてちょうど10年。一度たりとも壊したことがないのに、今さらぶっ壊す可能性なんて天文学的確率だろ。はい、解約(ポチッ)」ってこと。

今思えば、3ヶ月前に戻ってこの考えに至った自分をぶん殴ってでも止めてやりたい。いや、もういっそのこと指をアロンアルファで固めてやりたい。

てなわけで、私はワンクリックであっさりとこの保険を解約をしたわけだ。

 

そして、時は過ぎ3ヶ月後。

いつものようにアルバイトから帰ってきて即バタンキューを決め込んだ私。気づけば深夜0時50分を過ぎていた。この日はいつも聴いてる「伊集院光 深夜の馬鹿力」の放送日。楽しみにしていた放送を聴き逃すまいと、私はふと思った。

 

 

 

「おっしゃ、スマホを風呂場に持っていって聴こう。」

 

 

 

最新機種になればなるほど防水性、耐水性が上がっていくこの精密機械。もはやスマホは文明が生み出した最高傑作といっても過言ではない。これを風呂場に持っていったところで壊れるわけがないのである。

意図的に浴槽に落とすならまだしもカランの部分に置く分には壊れるはずがない。まして濡れた指で触る訳でもなければ、入浴中にいじる訳でもない以上壊れる要因がないのである。

 

 

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(この隙間のようなところにセッティング)

 

 

なんなら今回が始めてということではなく、過去に何度も行ったことがある。どうしても聴きたい放送がある時はこの秘儀を駆使していた。そして、その度に成功を収めてきたのである。

それだけに私はこの日も自信を持ってこの秘儀に臨んだわけである。まさかそれが、このスマホを終わらせる最後の引き金になるとも知らずに。

 

 

風呂場にスマホを持っていった私。片手にはスマホ、もう片方の手には洗顔料、歯ブラシもろもろを持ち浴室へ足を踏み入れた。

足を踏み入れた瞬間、私は濡れていたタイル張りの床に足を滑らせてしまった。そして、バランスを保とうとした時、あろうことかスマホを握っていた指を解いてしまったのである。

 

そのまま私のスマホは浴槽へ吸い込まれるようにして落ちていった。この時、私の脳内には陸王ばりに「Jupiter」のイントロがゆっくりと流れていた。落ちる瞬間は完全にスローモーションである。

落とした直後、急いでスマホを拾い上げるものの電源が入らない。いつものように作動しないのである。この時、私はスマホが息をしていないことに気づいた。

ピクリとも動かないスマホを隣に髪を乾かす私だが、この時の心情としては「まぁ、明日の朝には奇跡が起きて起動するかもしれない。慌てない、慌てない。」と言ったところだろう。

しかし、翌朝になっても息を吹き返す事はなかった。絶望に打ちひしがれた私は近所にある非正規のスマホ修理店へ持っていった。

そして、私はこう告げられたのである。

 

 

 

 

 

「力及ばず申し訳ありません。ご臨終です。」

 

 

 

 

 

「おい。」

 

 

 

「おい、嘘だろ。」

 

 

 

「返事しろって。」

 

 

 

「おい、起きろって!!」

 

 

 

「起きろよ!!!」

 

 

 

「こんなところで死ぬんじゃねーーーよ!!!」

 

 

 

「これからも一緒に思い出作ろうて言ってたじゃねーかよ!!!!!」

 

 

 

「てか、まだ機種代払い終わってねーんだよ!!!」

 

 

 

「何なら、保護フィルム代も分割だから払い終わってねーんだよ!!!!!」

 

 

 

「どうすんだよ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

私は店内でセカチュー森山未来さながら「助けて下さい!!助けてくださぁぁあああい!!!!!」と叫びかけたが、グッと溢れる気持ちを抑え会計を済ませた。

担当者によると、水没により基盤が壊れておりその場で直すのは不可能とのこと。今回の場合、時間をかけて基盤を修復させるか機種自体を丸々交換することになり、どちらも同じぐらいの金額がかかる。そして、いわゆる正規店であれば即日対応で機種を交換してくれるとのことであった。

 

 

 

迷いに迷った結果、私は正規店へ行くことを決意し、機種自体を丸々交換してもらうことを決めたのである。

 

 

 

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悲しみの淵に沈みながら正規店へ向かう電車の中iPadで撮った一枚。

スマホが壊れて以降、父親が機種変更した時に抱き合わせで契約させられたiPadと共に私は過ごしていた。

半ば騙されるように契約した父親を嘲笑っていた私だったが、このiPadが無ければ満足に日々を過ごす事もできなかっただろう。

連絡手段もメールだけとなったこの時、まるで後進的な文明の中を生きているような心地だった。LINEを考えた奴はすごい。LINEは神である。

 

 

 

お店に着くなり担当者に水没した旨を伝えると、淡々と機種交換の手続きへと進められた。再度、基盤を確認してもらったが担当者の口からは「今回は基盤も壊れているため機種自体の交換になります。」と一言。

私は「分かりました。お願いします。」と伝え、そのまま最期を看取ることができぬまま別れを告げたのである。

帰り際、担当者から「付いていた保護フィルムはどうされますか?」と聞かれ、私は二つ返事で「いただいて帰ります。」と答えた。私は新品のスマホと亡骸に付いていた保護フィルムと共に帰ってきたのである。

 

 

 

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未だに機種代も払い続けながら、分割で払っている保護フィルム。

 

 

 

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こんな悲しい話はないだろう。機種は手元から消え保護フィルムは価値が無くなった今、私は一体何にお金を払い続けていくというのだろうか。

とどめの一撃ということでもないが、データのバックアップも頻繁に取っていなかったため、最後に機種変更した時のデータのまま復元することとなった。つまり、機種変更した日から今日に至るまでの写真から何から何までデータは無くなることになる。

 

 

 

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私は諭吉を7人失い、そしてデータを失ったわけだ。今となれば痛い出費となった。競馬しかやることがない手取り10万ちょいのフリーターにとって、いきなり7万の出費はもはや制裁である。死活問題だ。

 

 

 

この失敗から私が学んだ事は、

 

 

・たとえ壊さない自信があったとしても保険に入る

・そもそも風呂場にスマホは持っていかない

・こまめにデータはバックアップを取る

 

 

この3つ。たったこの3つを守るだけで救われる命があると言うことを伝えたい。こんな愚か者を今後この世界に生まないためにも心に刻んでくれれば幸いだ。

 

 

 

p.s.おい、安倍。とっとと、10万よこせ。今月請求されるスマホの修理代で人が1人死ぬぞ。

 

 

 

岡村隆史失言騒動に覚える違和感

 

今年のゴールデンウィークはいつも以上に何もせずに終わりました。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

毎年ただでさえ何も無いゴールデンウィークだが、今年はもっと味がしないものだった。無味無臭である。

例えるなら、昨年は真っ白のキャンバスを白い絵の具で染め上げて「無」というタイトルの作品だったが、今年は真っ白のキャンバスのまま「概念」というタイトルの作品のようなもの。それぐらいに何もない。

 

強いて言えば相変わらず競馬で負けていることぐらい。それでも、美味いもん食って寝てしまえば忘れてしまう。相変わらずたちが悪い話だ。

私に言わせてみれば競馬の負けなんて、かさぶたのようなもの。傷ついたところはかさぶたになるし、何度も何度も傷ついたところはどんどん厚くなる。気づけば体の一部にすらなってしまう。一度競馬で負けて感じる喪失感も何度も味わえばだんだん麻痺していくのだ。そして、どこかで当たれば脳内にドーパミンが分泌され、その快楽を再び味わおうと再び賭けてしまう。競馬とは実に厄介である。

まぁ、そもそもこんなもん負けた内にすら入らないのだが(競馬カス)

 

さておき、今は家にいる時間が増えて今まで以上にラジオを聴くことが増えた。

この歳で未だに時間を割いてちゃんと聴いているのは「伊集院光 深夜の馬鹿力」と「オードリーのオールナイトニッポン」ぐらい。中学時代からラジオを聴くようになった私だが、ここ最近は歳のせいかラジオを聴く頻度がだんだん少なくなってきた。しかし、ことこのゴールデンウィーク期間中は一層聴くようになったのである。

聴くと言っても、ただただ番組を垂れ流している状態。何か特別番組を決めて聴くというよりも、何かしら作業する上でのBGMとしてのラジオである。

そんな中で、私は「ナインティナイン岡村隆史オールナイトニッポン」を聴いていた。

 

前にもあるが、私は特定のラジオ以外はここ数年ほとんど聴いていない。もちろん、この番組自体は過去に聴いたこともあれば、前身番組である「ナインティナインのオールナイトニッポン」も聴いたこともある。しかし、頻繁に聴いているわけではない。おそらく、ごく普通のリスナーよりも聴く頻度は少ないだろう。たまたまタイミングが合った時、睡眠導入BGMに近い感覚で聴いている。

 

そんな私だが、岡村さんが不適切な発言をされた日の放送をリアルタイムで聴いていた。いつもどおりの楽しい放送が耳に入っていた記憶である。正直、実際に岡村さんの一連の不適切な発言をリアルタイムで聴いていて、私自身は特段何か感じることはなかった。大層なことを言ってることにすら気づかなかったぐらいである。まさか、ここまで燃え上がる炎の火種になるとは予期していなかっただろう。

 

世間では謝罪及び番組の降板をを求める署名運動が繰り広げられ、連日のワイドショーでもこの話題を取り扱っている。

その後、岡村さんは2週続けて矢部さんと一緒に放送し、ことの発言の謝罪から発言に至るきっかけになるような言動、矢部さんの叱責、そして2人の過去を懐かしむような思い出話がされた。

 

 

 

正直、私はこの一連の流れから違和感しか覚えていない。

 

前提として岡村さんの発言は許されるものではなく、特定の人を傷つけてしまったのは事実である。勿論、法を破ったわけでも罪を犯したわけでもない。ただ、1人のコメディアンとして、1人の人間として悲しませるような言動はあってはならないと思う。

 

しかし、謝罪及び番組の降板を求め署名する人たち及び署名を求める人たちは岡村さんに一体何を求めているのだろうか。そもそも、岡村さんが番組を降板することで一体何が変わるというのだろうか。

 

この問題の本質は今回のコロナ騒動によって明るみになった弱い立場の女性が未だ多くいるということを世間が改めて認知すること。そして、こうした弱い立場にいる女性に対して何ができるかを考え、社会がより良い方に動くよう今以上に声を上げていくことではないだろうか。

結局、この発言をした岡村さんが番組を降板することで、この問題そのものが解決し、弱い立場にいる女性たちに光が差すとは私自身到底思えないのである。

 

 

私から見れば、そもそも深夜ラジオなんて宗教みたいなもの。もはやリスナーにとって発言している人は絶対であって神様なのだ。

特に「ナインティナイン岡村隆史オールナイトニッポン」はオールナイトニッポン史上歴代最長記録を更新し、もはや深夜ラジオとして今日に至るまで確固たる地位を築き上げてきた。その歴史の長さから見れば、信者である多くのリスナーにとってこの番組は熱狂できる唯一無二の場所である。リスナーはラジオから溢れ出す岡村さんの気持ちが痛い程分かる。信者は教祖の発言に耳を傾けることでシンパシーにも似た感覚を得るのだ。この感覚は信者にしか分からず、信者にとっても信者以外の人間に分かってもらおうなんて微塵も思っていないだろう。

 

おそらく、岡村さんの謝罪や番組の降板を求め署名している人や署名を求めている人たちは深夜ラジオが持つ独特の空気感すら感じたことがない。深夜ラジオという文化に耳を傾けたことすら無い人がほとんどだ。いわば部外者である。岡村隆史という人間が一体どういう人間なのか、きちんと分かりもせず知りもせずにただただ声を上げているのである。

今まさに起っているのは、岡村隆史という存在を全く知らない人たちが岡村さんとリスナーが長年共に作り上げた大事な場所の破壊行為なのである。

 

 

 

私にはいつしか寄り集まった大きな正義で一つの弱者を袋叩きにしている姿にしか見えなくなっていった。

 

 

岡村さんは多くの人たちを笑わせてきたことも事実であり、岡村さんの笑いに救われた人間も多い。こんなコロナ騒動で閉鎖的な空気が漂う今だからこそ、世の中は笑いを必要としている。

 

 

本来、誰もが間違いをした時、誰もがやり直せるチャンスがあるべきだ。岡村さんは自身の不適切な発言を謝罪した。多少時間はかかると思うが、許せるという懐もどこかで必要になってくるのではないだろうか。

 

 

ここ2週間の放送を聴いていて、未だ少し固さのあるトークの中に岡村さんと矢部さんとの掛け合にはどことなく「ナインティナインのオールナイトニッポン」の雰囲気を感じ胸が熱くなる時がある。

 

いつかまた、素直に笑える放送になって欲しい。今はただそれだけだ。

 

 

 

まぁ、ワーワー言うとります。

お時間です。さようなら。

 

 

 

p.s.ホントにSNSなんていう便利なものができて全く厄介な時代になったものだ。

 

 

 

アルバイトをするならドラッグストアを選べと声を大にして言いたい

 

ここ最近の楽しみがリアルに麻雀と競馬しかなくなり人間として腐敗の一途を辿っています。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

昨今のコロナ騒動で迂闊に外へ出かけることも出来ず、基本外出する時はアルバイトに行く時だけ。それ以外は極力家にいるようにしている。

ちなみに好きな役満九蓮宝燈。特にあの小島武夫の伝説の九蓮宝燈で白飯3杯はいける。あれは最高だ。

ちなみに好きな馬はスリープレスナイト。特に2008年のスプリンターズステークスはジョッキーが歩んだドラマも込みで白飯5杯はいける。あれは最高だ。

つまり、麻雀と競馬で白飯8杯はいけるってわけだ。

 

 

 

まぁ、そんなことはどうだっていい。

 

 

フリーターになってちょうど1年が経った。よくもまぁ、腐敗しながらもしぶとく生きてきたものだ。

気が付けば時給はいい具合に上がり、遂には健康保険にも入れて非常に気分がいい。正直な話、最低賃金と言われてもおかしくないレベルの仕事内容。私はそんな仕事を1070円で請け負わせて貰っている。寧ろ店長には申し訳ないぐらいだ。

 

と言っても、「よっしゃあ!時給も上がって保険も入れたんだから、今以上に頑張ってやるぞ!!」なんて気持ちは当たり前だがサラサラない。相変わらず最短距離かつ最効率を目指してアルバイトに励んでいる。5分前出勤なんぞ糞食らえ。出勤1分前にタイムカード押せば勝ち確なんだよ、馬鹿野郎。

接客業だけに糞of糞客に出会うことも多々あるが、こんなもん正社員だった頃に遭遇した面倒な営業先に比べれば大したことない。下手したらあいつらは一生の付き合いになるが、糞客なんぞ1分弱もすれば目の前からはいなくなる。たかたが1分弱の辛抱だ。耐えられない訳がない。今となっては糞客との接客は自分のエピソードトークの幅が増えるチャンスだと思うようにしている。

 

そんな私がアルバイトをしているのがドラッグストアである。

私自身、今までやったことのあるアルバイトは片手で数える程しかない。そんな中、大学時代から数えて約3年近く働いているが、ドラッグストアのアルバイトは非常に楽だ。

 

4月と言えばアルバイトを探す季節でもある。高校生になってアルバイトが許されるようになる方や新生活でアルバイトを余儀なくされる方も多いことだろう。

そこで、これからアルバイトを探す人には是非ともドラッグストアをオススメしたい。

 

何が楽なのかは以下のとおり。

 

 

  • 基本的にある程度明確な目的を持って来る客が多いため店員に尋ねられることがほとんどない
  • 小難しい薬の知識は社員にパスできる(具体的に言えば資格のあるパートにもパスできるから薬の知識はアルバイトに不要)
  • 社割で日用品が安く買える(コレは店による)
  • 社割で通常は値引きできないコスメが買える(コレも店による)

 

 

これらを見てもらえば分かると思うが、ドラッグストアでのアルバイトは無害で百利もあるのだ。

面倒な接客も基本レジを打つ時だけで、それ以外は品出し中の時だけ。それも大概は商品の有無か在庫の確認ぐらいだ。私からすればこんなもん尋ねられる内に入らない。また、ドラッグストアは意外に薬の知識が必要とされがちだが、基本的には社員が対応する上、時間帯によっては資格のあるパートでも対応できるためアルバイトは薬関連での出番は全く無い。リアルに業務内容はレジと品出しだけだと思ってもらって構わない。

そして、日用品が安く買えるのだ。このアドバンテージは大きいはずだ。特に新生活を迎える方にとってシャンプーや洗剤といった生活必需品を安く買えるのは助かるのではないだろうか。また、通常では値引き不可であるブランド物のカウンセリング化粧品も安く購入することができる。これは女性にとって嬉しいことだろう。

こうしたことから、ドラッグストアでアルバイトすることはメリットしかないのである。

 

更にワンポイントアドバイスとして挙げるとするならば、あえて競合が密集している立地及びその付近の店舗を選ぶということだ。

 

ここ数年、ドラッグストア業界は群雄割拠の時代を迎えている。今ではコンビニよりもドラッグストアの方が店舗数が多いとの話だ。最近では、マツキヨHDとココカラファイン経営統合をし、ツルハHDとウェルシアHDが経営統合する可能性があると示唆されているほど。つまり、ドラッグストア業界全体が熱く、何なら小売業界の覇権すら一気に握ろうとしているのである。

その結果、一定の地域に複数のドラッグストアが点在するようになったのである。

 

そして、競合が密集した地域にあるドラッグストアの中でも

 

  • 店舗のサイズ感が小さいところ
  • 生鮮食品を全く取り扱っていないところ
  • 備えているカゴが小さいところ

 

こうした部分がある店舗は絶好の狙い目だ。

店舗が小さいところを選ぶのは言わずもがな、取り扱う品物が少ないため品出し等の仕事が少なくなる。

生鮮食品を取り扱っていないところを選ぶのは面倒な廃棄処分が無いことや廃棄を防ぐための値切りシールを貼る仕事、面倒な作業の一つでもある消費期限のチェック業務を避けるためである。

カゴが小さいところは客が一度に買う品数を減らすことで商品を袋に入れるアルバイトの労力がかからず済む(最近ではどのドラッグストアでもレジ袋が有料になるため、店員がレジ袋に入れるという作業は少なくなりつつある)

 

こうしたポイントも踏まえながら、是非ともドラッグストアでのアルバイトを考えてみてはいかがだろうか。

 

「新生活を素晴らしいスタートで迎えよう!」なんて進◯ゼミが使うようなキャッチコピーには反吐が出るが、現実問題としてドラッグストアでのアルバイトは時給に見合う労働力として比較的コスパが良いと言えるだろう。あくまでこれは経験談になるが、3年近くアルバイトをしていて途中で辞める人間は少ない。もちろん店舗の雰囲気やそこで働く社員にもよるが、アルバイトとしての働きやすさはトップレベルに近いのではないだろうか。

 

ちなみに、今話題のコロナ問題でマスク不足が相次いでいるが、ドラッグストアでアルバイトをすれば先ずこの問題は解消される。下手したら今一番そこが熱いポイントなのかもしれない。

実際のところ、私のところでも社員、パート、アルバイトに箱マスクが支給された。おそらく、他のドラッグストアでも会社から箱マスクが支給されているのではないだろうか。

なぜなら、基本的にドラッグストアは……

 

 

 

っと、危うく言い過ぎてしまうところだった。

この続きは、またの機会にでも。

 

 

 

とまぁ、長くなったが要するにアルバイトをするならドラッグストアを選ぶことをオススメしたい。

 

 

 

p.s.「マスクはいつ入って来るんですか?」という質問は時間の無駄です。そんな質問するぐらいなら確実に朝一で売ってる店に並んで下さい。今はそれが一番です。

 

 

 

ふざけんなよ、2019年。とっととこい、2020年。

 

有馬記念でボロ負けしたので姉からお年玉が貰えるようにジャブを打っていますが、今のところ全く効いている様子がありません。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

去年の回収率が55%しかない時点で自分に博才が無いことを悟るべきでした。赤木しげるばりに博打の才能があればいいのにとつくづく思います。

 

さて、2019年を振り返ってみよう。

と言いたいところたが、振り返るほど中身が無い。強いて言えば、新卒で入った会社を退職して1年経ったぐらいだろう。あと、競馬でボロ負けしたぐらい。マジでふざけんなよ、2019年。

 

というわけで、新卒で入った会社を退職して1年経ったフリーターの本音を今日はぶちまけようと思う。

 

そもそも新入社員だった時に貯めていた40万が今年の4月に底をついたのがきっかけだった。後先考えずに競馬を没頭した後、保険料だの年金だの住民税だの払っていった結果、気づいたら無一文になっていたのだ。マリオのステージ的に言えば、わらしべ長者の1-1である。

 

その時、私はふと思った。

 

 

 

「よし、もういっちょ働くか。」

 

 

 

てなわけで、急いで転職活動を始めた。しかし、1ヶ月足らずで転職することを辞めた。せっかく内定を貰ったのにも関わらず、それを蹴ってしまったのだ。

そう大した理由はない。ただただ社会人として当たり前に働くことに対して適当な理由をつけたのだ。結局のところ、働きたくない理由を自分の精神に押し付けたのである。

 

 

 

「おそらく、今の精神状態だとすぐにまた辞める。」

 

 

 

そう直感で思った私は、とりあえずフリーターとして生きることを決めた。

とりあえず何をしようか。どんな手段で稼いでみようか。まずは、今まで自分がしたことのあるアルバイトを振り返ってみた。

 

 

・データ入力

・短期間の教科書販売

・ドラッグストア

 

 

結果、私は迷うことなくドラッグストアへの出戻りを決めた。おそらく、決めるのに2秒もかからなかった。人類最速のバイトチョイスである。しかし、以前働いていた最寄りの店舗は求人募集をしていなかった。そのため、最寄りの全く違うドラッグストアで働くこととなったのである。

 

前とは勝手が違うこともあり慣れるのに多少時間がかかると思っていたが、正社員だった時のことを考えればこんなもん大したことではない。

実際、前のドラッグストアとやることはほぼ同じ。基本的にはレジと品出し。プラスアルファやることとすれば、POP作りと商品の在庫管理。この2つの業務も慣れてしまえばお手の物。

強いて言えば、多少レジの業務が面倒になった程度。全自動で代金をレジに打ち込めば済んだ前のドラッグストアとは違い、こちらで勘定をしなくてはならない。全自動全盛期の中で手動のレジ。どんだけ予算ねぇんだよ。とっとと全自動にしろ、馬鹿タレが。

 

とりあえず、言われたとおりのことを言われたとおりのまま行えば十分。そもそも社員はアルバイトにそれ以上を望んでない。まして、こっちで効率よくやればその分楽することができる。

何故だろうか。頑張ることに100の努力は注げないのに、頑張る姿を見せるのに100の努力を注ぎ込めるのは。おそらく、これ以上ない労働だ。私は労働は罰という概念を抱いていたが、こんなもん罰でも何でもない。もっと言えば、こんなもん労働でもない。ただの奉仕だ。

 

そんなこんなで最初950円だった時給はいつの間にか正社員だった時と同じ1000円(時給換算)に上がり、来月は1030円と遂に正社員だった時を超えてしまった。もう、何といえばいいのだろうか。こんなんでお金を貰っていいのかと不安になる程だ。

 

というわけで、来年は適度に働き適度に競馬を楽しむことを目標に過ごしたいところだ。よっしゃ、とっととこい、2020年。

 

 

 

それでは、良いお年を。

 

 

 

p.s.【2019年ベストオブ糖分 大賞】はファミリーマートの「北海道産練乳のいちご氷バー」に決定致しました。おめでとうございます。

 

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月刊糖分【11-12月特大号】

 

アンタッチャブル復活のニュースを見て部屋で号泣していたら母親に心配されました。

 

 

 

アサヒです。

 

 

 

アンタッチャブルの漫才が好きで好きでたまらなかった中学時代。私がTSUTAYAで初めてレンタルしたDVDもアンタッチャブルが優勝した『M-1グランプリ 2004』だった。流行りのJ-POPを聞くより、月9ドラマを見るよりも、ただただアンタッチャブルの漫才を見るのが楽しみだったのだ。

アンタッチャブルとしての活動が休止していた中、先日放送された『全力!脱力タイムズ』で完全復活を果たした。

再び現れたアンタッチャブルを目撃している奇跡に止まらない高鳴りと計り知れない感動が押し寄せていた。なんかもう。なんかもう、最高だよって感じだった。2020年、東京オリンピックなんかより、今後のアンタッチャブルを楽しみにしたい。

 

さて、月刊糖分【11-12月特大号】のお時間。

 

 

 

「おいおい、前回は【9-10月合併号】ってことで手を抜いて、今回は【11-12月特大号】ってか?訂正文まで出してたじゃないか。舐めてんのか、貴様は?」という声が聞こえてくる。

 

 

 

分かる、分かる。すごい、分かる。

今これを書いてる私自身ですらその感想を抱いている。

 

 

 

しかし、そこら辺はご愛嬌ってことで、今回も目を瞑っていただきたい。私にとってこの月刊糖分は初孫のようなもの。是非とも長く暖かい目で見守り続けて欲しい。

 

痺れるような寒い日が続き、今の私にはファンヒーターが欠かせない。テレ朝「相棒」の主演が水谷豊と反町隆史ではなく、万が一にも私だとしたら。

おそらく、ダブル主演は私とファンヒーターになるかもしれない。人間と無機質というダブル主演なんてのも乙なものだ。

 

そんなファンヒーターをガンガン効かせた部屋で飲むホットミルクが美味い季節。クーラーの効いた部屋で食べるアイスが美味い夏も捨てがたいが、この冬だからこそ味わえる甘味の嬉しさもある。春夏秋冬があるってのはいいことだ。

結局のところ、私にとっては冬に暖かいものも冷たいものも甘けりゃなんだっていい。糖分がある場所は極楽だ。人生に疲弊しこの世の極楽を探している人には、是非ともこちらの糖分をオススメしたい。

 

 

 

 

 

1つ目は、“スイーツモナカ キャラメルバターサンド”である。

 

 

 

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こちらはファミリーマートにて限定発売中である。

珍しいタイプのアイスモナカだと思い手に取ってみたが、調べたところファミリーマートでしか買えない商品となっている。

10月の頭から発売している本商品だが、もし近所のファミマにまだ残っていたら絶滅危惧種レベルの商品だ。是非とも、お試しいただきたい。

 

 

 

 

 

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モナカのサクサク感、バター風味のアイスのコク、塩キャラメルの塩味。これらが織りなす三位一体の組み合わせは脳震盪レベルである。

中でもバター風味のアイスときたら、私の中にある美味いバロメーターをぶっ壊しにきてる。また、アイスの周りを囲むホワイトチョコレートのアクセントもたまらない。

やはりアイスモナカの定番と言えば、“チョコモナカジャンボ”のイメージが強い。私たちにとって、モナカ(最中)という和のテイストにヒンヤリとしたアイスを組み合わせは今でこそ当たり前になりつつあるが、この組み合わせは偉業に近いものだとこのアイスを食べながらしみじみと感じた。

とにかく、ファミマへ急げ。話はそこからだ。

来年もこの商品を店頭に置いてくれることを願いたい。

 

 

 

 

 

2つ目は、“苺とミルクのアイスキャンデー”である。

 

 

 

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久保田食品は初めてのご紹介。

調べたところ、久保田食品は高知県のアイスクリームや中華饅頭の販売及び製造している会社である。オンラインショップもやっており、お取り寄せができるところも嬉しい。

ちなみに購入場所は健康志向高めコンビニことナチュラルローソン。このコンビニに入ると健康になった気になってしまうのは私だけだろうか。

 

 

 

 

 

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月刊糖分愛読者はご存知かもしれないが、私は苺と乳成分で構築されるアイスを溺愛している。おそらく、この愛を利用されたら犯罪の片棒を担いでしまうかもしれない。そのレベルで溺愛しているのだ。

苺の甘酸っぱさとミルクの旨味との抜群の相性ときたら。ジャンルがアイスクリームなだけあってミルク感の旨味も強い。一体、この手のアイスはいつまで私を困らせるつもりなのか。当たり前だ、美味いに決まってる。甘酸っぱさを邪魔しないミルクアイスの存在感にこのアイスの技量の高さも伺える。

そして、このアイスは添加物不使用。美味しさだけでなく身体にも優しいアイス。そんなん、惚れてまうやろ。

 

 

 

 

 

3つ目は、“ジャージー牛アイスバー”である。

 

 

 

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こちらはナチュラルローソンから発売している松崎冷菓の商品である。あれ、さっきもナチュラルローソン。さては、無意識に健康にでも気を付けてるのか、私は?

松崎冷菓も高知県にあるアイスクリームメーカーである。ホームページは商品を作る上での素材を大事にしている感が溢れ出ている。これぞナチュラルローソンならではの商品と言える。

 

 

 

 

 

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一口食べて分かる。とにかく素材の味を大切にしている。しっかりとした味わいの強いミルク。しかしながら、あっさりとした後味。ただのミルク味のアイスキャンディーでは作れないグラデーションだ。

ミルクの濃い部分を感じつつも後味があっさりとしているから食べる手が止まらないこと止まらないこと。濃厚さに負けないさっぱりとした味わいは、これぞアイスキャンディーと言わんばかりの逸品である。

どうやら、“北海道十勝あずきアイスバー”と“京都宇治抹茶アイスバー”というフレーバーもあるらしい。こちらも要チェックだ。

 

 

 

 

 

4つ目は、“ホボクリム(ほぼほぼクリームのシュー)”である。

 

 

 

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こちらはローソンからの発売中の商品である。

流行に流行っていたのか、発売してから3週間近く買えずにいた。この時点で“バスチー -バスク風チーズケーキ‐”以来の大物の予感がする。

しかし、ここで安心してはいけない。甘い誘惑だけが際立ち、肝心の中身が伴っていない糖分も数多く存在する。ここは厳しく手合わせをしよう。

 

 

 

 

 

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一言で言えば、完敗だ。もう、コールド負けレベル。

私 vs ホボクリムはホボクリムの圧勝に終わった。

危うくホイップクリームとミルククリームの波に溺れるところだった。これぞ、クリームの波状攻撃だ。

薄皮モチモチ系の生地だから思う存分クリームを体感できる。また、意外にもさっぱりめのクリームだから飽きが来ない。こういうタイプのシュークリームを私は待っていたのだ。

これはもう罪の味だと思う。

食べ進めるごとに罪の声が聞こてくるのだ。

「これを食べたら終わり。」という声が聞こえる。

食べ終わった後、私は罰を受ける覚悟を抱いていた。なるほど。これは、大物だ。

 

 

 

 

 

5つ目は、“小枝アイスバー(パイシュークリーム味)”である。

 

 

 

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森永製菓から発売中のこちらの商品。

意外や意外。森永製菓の商品はお初のご紹介。製菓っ言うぐらいだから、やはりお菓子のイメージが強い。ロングセラーを貫き続ける“チョコボール”や“ミルクキャラメル”を始めとする商品が多い。

しかし、アイスも負けず劣らずなのである。“アイスボックス”や“チョコモナカジャンボ”など、皆さんご存知のアイスを数多く輩出しているのだ。

そんな中、こちらの商品を紹介したい。

断言できる。これは、もう本家を超えてしまった。

 

 

 

 

 

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見事なまでにビアードパパを再現している。

「あれ、今、アイス食べてんだよな?あれ、シュークリームなのか、これは?」と錯覚する程の完成度と言っても過言ではない。

とにかくアイスの周りを包むラングドシャクランチ入りホワイトチョコとバニラビーンズ感たっぷりのカスタード風ソースが爆発的な美味さを誇る。ビアードパパのクッキー生地さながらのコーティングが美味いったらありゃしない。なんと言っても、これぞ糖分というほどの甘さがたまらないのだ。

ハッキリ言おう。私は本家よりこっちが好きだ。

 

 

 

 

 

糖分が不足しがちな現代人には「月刊糖分【11-12月特大号】」を参考にして、摂取に励んでいただければ幸いだ。厳しい寒さが続く。こういう日は布団の中に灼熱の湯たんぽを突っ込んで体が痛くなるまで爆睡を決めるのがたまらない。私自身大した寒さ対策はしていないが、やはり糖分を摂取することは大事なのかもしれない。サイエンス的な観点から言えば、糖分はエネルギーを生み出す。このエネルギーが脳や体を動かす力となるのである。つまり、糖分こそが最大の栄養素なのだ。

糖分最強伝説は来年へと続く。

続くったら、続く。TO BE CONTINUED...

 

 

 

糖分の未来に幸あれ。